孤独と孤高の間
孤独と孤高の間で揺れ、そこから発生したエネルギーを包み込みぶつける。
孤独と孤高って結構紙一重だと思う。
僕個人の話をすると、僕は結構一人でいるのが好きで毎日群れたりするのはめんどくさいし自分の時間がなくなるしで嫌という、割と非社会的な人間だ。
そんな人間だからこそ孤独と孤高という言葉についてよく考えることが多い。
別に自分が最初気にしていなくても、他人に指摘されて気になってしまうってことはよくあることだ。
僕は一人でいることにあまり抵抗を感じない人間だとは思っているけど、それでも誰かからひそひそ言われたらうっせーよほっとけよ馬鹿と思いながらも、自分は本当は誰かといたほうが安心するのではないかとか思ってしまう。
集団欲っていう言葉がある。もう既にたびたび取り上げているものぐさ精神分析の著者である岸田秀は、人間の三大欲として性欲、食欲のほかに集団欲というのを挙げていた。普通そこに入るのは睡眠欲じゃないの?と思うんだけど、確かに人間には確固として集団でいたがるという欲があるのかもしれない。それは多分僕においてもそうなんだろう。
でも、集団欲の満たし方って一般的に考えられる以上にいっぱいあるのだと思う。集団っていうとついついいつも一緒にいなければいけないんじゃないかなんて思ってしまうけどそんなことはなくて、陳腐な言い方だけど、心でつながりを確かめられればなんとかなるってことも多いはずなのだ。それは何かに属するということも含まれるのかもしれないし、何かを語り合うことの出来る友が自分にいるという自覚を持っているだけでもいいのだろう。
学校というシステムの罪深さについてはまたいずれかの機会に書きたいが、なんか今日は頭が回らないのでこの辺で。

孤独と孤高って結構紙一重だと思う。
僕個人の話をすると、僕は結構一人でいるのが好きで毎日群れたりするのはめんどくさいし自分の時間がなくなるしで嫌という、割と非社会的な人間だ。
そんな人間だからこそ孤独と孤高という言葉についてよく考えることが多い。
別に自分が最初気にしていなくても、他人に指摘されて気になってしまうってことはよくあることだ。
僕は一人でいることにあまり抵抗を感じない人間だとは思っているけど、それでも誰かからひそひそ言われたらうっせーよほっとけよ馬鹿と思いながらも、自分は本当は誰かといたほうが安心するのではないかとか思ってしまう。
集団欲っていう言葉がある。もう既にたびたび取り上げているものぐさ精神分析の著者である岸田秀は、人間の三大欲として性欲、食欲のほかに集団欲というのを挙げていた。普通そこに入るのは睡眠欲じゃないの?と思うんだけど、確かに人間には確固として集団でいたがるという欲があるのかもしれない。それは多分僕においてもそうなんだろう。
でも、集団欲の満たし方って一般的に考えられる以上にいっぱいあるのだと思う。集団っていうとついついいつも一緒にいなければいけないんじゃないかなんて思ってしまうけどそんなことはなくて、陳腐な言い方だけど、心でつながりを確かめられればなんとかなるってことも多いはずなのだ。それは何かに属するということも含まれるのかもしれないし、何かを語り合うことの出来る友が自分にいるという自覚を持っているだけでもいいのだろう。
学校というシステムの罪深さについてはまたいずれかの機会に書きたいが、なんか今日は頭が回らないのでこの辺で。



